2005年01月26日
心・技・体
日本の格闘技においてよく言われる言葉である。
古臭いとお思いか?
精神主義とお思いか?
俺はそう思わない。
りう+です。
例えば、「心」を、礼とか、スポーツマンシップとかに置き換えてみると良くわかる。
ルールと言ってもいい。
俺はガキの頃、柔道やってたんだが、入門して最初に習うのは、
もちろん投げ技ではない。
受身でもない。
「礼」である。
TVで柔道の試合見ればわかると思うけど、
対戦者が礼をしてから、主審が「はじめ」と言い、
主審の判定のあと、対戦者が礼をして試合は終わるのだ。
つまり、礼によって、「ここからはルールに従って行動します」、
「ここまででルールに従った試合は終わりです」という
お互いの了解があるわけだ。
これは、例えば審判の吹くホイッスルとか、ゴングとかにも似ている。
ルールなくしては、格闘技に限らず、あらゆる競技が成り立たないのだ。
相撲のルーツは、
野見宿禰(ノミノスクネ)が當麻蹴速(タイマノケハヤ)を蹴殺したのが始まりと言う。
ルール、決まり事のない格闘技は、相手を殺すまで終わらないのだ。
相撲が形式ばっていて、つまらないとは、よく言われるが、
あの形式にはそれぞれ意味がある。
土俵に入った力士が両手をもみ合わせ、拍手を打ち、両手を大きく広げる動作は、「ちりちょうず」と呼ばれるが、
あれは、
「この通り、私は武器を持たず、正々堂々戦う事を神に誓います」という意味だそうだ。
礼とは、スポーツマンシップとは、形式とは、
「私はルールに付いて熟知しており、そのルールに従ってあなたと技の競い合いをします」
という符牒でもあるのだ。
お相撲さんが、勝ったときに、右手で手刀を切るのも、そういった決まり事の一つである。
もし、左手で手刀切ったら、どうなる?
軍人さんが、左手で敬礼したら、
「貴様、軍隊を舐めておるのか!!」
ってなるよね。
教会の中で、左手で十字を切ったら、
「あなたは、神を侮辱しますか?」
ってなるよね。
左手で手刀を切るお相撲さんは、
格闘技のルールや、相撲の歴史や、偉大な先達や、
もろもろの事を、侮辱してると思う。
そんな力士を、俺は横綱とは認めない。
プロの力士とも思わない。
大相撲初場所は、オープン参加のアマチュアの誰だかが、全勝で優勝しました。
情けない。
プロの力士の奮起を期待する。
投稿者 りう+ : 2005年01月26日 02:05
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コメント
まぁねぇ。
相撲が今みたいな形になったのは
おそらく興行的な都合も多々あると思うので、
あまり文句言っても仕方ないのかな。
でも単なる見世物であっては欲しくないんです。
こうなったら、俺が土俵に上るしかないのか??
投稿者 りう+ : 2005年01月29日 00:58
強ければいいってもんでもないし、更にそれをつぶそうと頑張る人たちもいないのが尚残念ですね。最近の相撲は面白くありません。女の人が土俵に上がるどうのこうのというのも、そういう種類のスポーツなんだから今の時代がどうのという話とは全然別の物と思う。じゃあ新体操は男の人がやったらどうなのさ?ってことではないかと・・極論ですが(笑)。
投稿者 maminami : 2005年01月28日 22:45